別居をする際に夫婦の一方が他方の名義の預金口座から勝手にお金を引き出し、その返還・清算等の取り扱いが問題となることがあります。
引き出された側としては、自分名義の預金口座から他人が勝手にお金を引き出したのですから、返還を求めたいという気持ちになるでしょう。
一方で、引き出す側としては、自分名義の財産がほとんどないような場合には、別居後の生活を考えれば一定のお金を持ち出さなければならないこともあるでしょう。
1 共有財産と特有財産
引き出された預金が夫婦の共有財産なのか、口座名義人の特有財産なのかによって、取り扱いが変わってきます。
共有財産とは、夫婦の協力関係のもとに形成された財産であり、財産分与の対象となるものです(名義が共有になっている財産という意味ではありません)。
特有財産とは、夫婦の一方が結婚前から保有していた財産や、結婚後であっても親族からの贈与・相続などによって取得した財産など、夫婦の協力関係とは無関係に取得した財産のことを言います。
特有財産は、財産分与の対象とならないものです。
引き出された預金が特有財産である場合には、法律上、引き出された側は引き出した側に対して返還を求めることができます。
では、共有財産の場合はどうでしょうか?
2 共有財産の持ち出しに対する返還請求の可否
引き出された預金が共有財産である場合には、特段の事情がない限り、不当利得(民法703条)や不法行為(民法709条)には該当せず、返還や賠償を請求することができないものと考えられています。
裁判例では、次のように判断しています。
【東京地方裁判所平成27年12月25日判決】
「夫婦の一方は、夫婦共有財産について、当事者間で協議がされるなど、具体的な権利内容が形成されない限り、相手方に主張することのできる具体的な権利を有しているものではないと解すべきであるから、被告が(中略)いわゆる算定表に従って計算した額の婚姻費用の原告負担分を超える額を本件預金口座から払い戻したとしても、その行為によって、原告に具体的な損失が生じたということはできない。よって、原告は、被告に対し、不当利得に基づく返還請求をすることはでき(ない)。」
【東京地方裁判所平成4年8月26日判決】
「婚姻関係が悪化して、夫婦の一方が別居決意して家を出る際、夫婦の実質的共有に属する財産の一部を持ち出したとしても、その持ち出した財産が将来の財産分与として考えられる対象、範囲を著しく逸脱するとか、他方を困惑させる等不当な目的をもって持ち出されたなどの特段の事情がない限り違法性はなく、不法行為とならないものと解するのが相当である。」
ただし、上記の裁判例からすれば、将来的な財産分与や婚姻費用として見込まれる金額よりも著しく高額の預金を引き出すなどすれば、不法行為に該当するものとして賠償の請求が可能となることもあり得るでしょう。
3 返還請求不可の共有財産の処理
上記のとおり、別居の前後に共有財産にあたる配偶者名義の預金を勝手に引き出したとしても、特段の事情がない限り、返還や賠償の義務を負いません。
しかし、引き出した側がそのまま取得できるというわけではありません。
別居する際に持ち出した預金は、離婚時の財産分与の対象となります。
例えば、共有財産として夫名義の預金500万円があり、妻が別居時に400万円を引き出したとします。
この場合、財産分与として夫婦それぞれが「500万円×1/2=250万円」を取得する前提であれば、夫が妻に対して「400万円-250万円=150万円」の支払を請求できるということになります。
4 別居時に共有財産を持ち出す場合の注意点
別居する際に、自分名義の財産がほとんどないような場合には、別居後の生活のために、ある程度の共有財産を持ち出さざるを得ないこともあり得ます。
しかし、持ち出す金額や対象が不適切であれば、不法行為にあたるおそれがあります。
また、別居の前後に持ち出した共有財産は、後々財産分与の対象となるものです。
別居する際に財産を持ち出すことをお考えの場合には、事前に弁護士にご相談いただくことをお勧めいたします。