1 任意売却とは?

住宅ローンが残っている住宅には、通常、住宅ローンを組んだ金融機関により抵当権が設定されているため、自由に売却することができません。
もっとも、住宅ローンの支払いが厳しい場合や離婚によりその住宅に住む必要がなくなった場合にまで、当初契約した住宅ローンをそのまま維持するのは、住宅ローンを支払う方にとっても金融機関にとっても不合理な選択です。
このような状況を解消するため、住宅ローンが残っている状態でも、住宅ローンの金融機関の了承のもと住宅を売却する方法のことを、「任意売却」と言います。

任意売却をした場合、売却代金を住宅ローンに充てることができるため、住宅ローン残金を大幅に減らすことができます。
ただし、長期間住宅ローンを返済しているような場合や住宅が高額で売却された場合を除くと、売却代金よりも住宅ローン残金の方が高額なケースがほとんどです(これをオーバーローン物件と言います)。
もっとも、オーバーローン物件であったとしても、売却によってローン残金が大幅に減少することに変わりはありません。
そのため、減少したローン残金の返済であれば月々の返済の負担が少なくなることから、金融機関との交渉のもと、無理なく返済できるような返済計画を立て直すことができます。
また、金融機関との交渉次第では、売却代金のうち、ある程度のお金を引っ越し費用に充てることも期待できます。

2 離婚時にオーバーローン物件を放置した場合のデメリット

離婚の際に、配偶者との間で、オーバーローン物件の処理について何も話し合っていなかった場合、どうなるでしょうか。
もし、住宅ローンの契約者が相手配偶者のみであり、自分はその家から出ていくという場合であれば、住宅ローンの支払いはすべて相手配偶者の問題になるので、オーバーローン物件を放置してもこちらには特段の不都合はありません。

しかし、夫婦でペアローンを組んでいたり、連帯保証人になっていた場合には、話が変わります。
これらの場合には、相手配偶者が支払いを怠ると、住宅に住んでいなくても金融機関はこちらに対して住宅ローンの支払いを請求してくることになります。
また、住宅ローンの滞納額が増えてきた場合には、期限の利益喪失により、ローン残金を一括で支払うように請求される場合もあります。
このように、離婚に際してオーバーローン物件の処理をしておかなければ、相手配偶者の返済状況次第で、こちらにも支払い請求がくることになり、場合によっては自己破産を検討しなくてはならなくなります。

一方で、住宅に住み続ける方としても、オーバーローン物件を放置することは危険です。
これまでは配偶者とともに住宅ローンを返済することができましたが、離婚をする以上、今後は自分一人で支払わなければならなくなり、毎月の支払いが困難になるでしょう。
支払いを怠った場合には、やはり金融機関から残金一括払いの請求がくるのですが、それでも支払わない場合には、金融機関が裁判所に対して強制執行の申立てをします。
強制執行の申立てがあると競売という手続きが始まり、その結果、住宅に住んでいる人の同意の有無とは無関係に、裁判所の手続きに従って住宅が売却されることになります。
そして、その売却代金が住宅ローンの残金の返済に充てられることになります。
しかし、競売の手続きによって住宅が売却される場合、不動産業者による査定額(市場価格)と比べてかなり低額で売却されることが一般的です(市場価格の半額程度となることも珍しくありません)。
つまり、競売の手続きによって住宅が売却された場合には、無理やり家を取り上げられるだけでなく、多額のローン残金が残ったままになるので、この場合も自己破産を検討しなくてはならないでしょう。

3 任意売却のメリット

これに対して、任意売却の場合、市場価格とほぼ同等の金額で売却することができることから、住宅ローンへ充てられる金額も大きくなるため、ローン残金も少なくなることが期待できます。
特に、離婚に際し、配偶者に支払う金銭が発生したり、引っ越し費用がかさむなど、金銭的負担が大きくなりがちなため、任意売却の方が負担が減ることになるでしょう。

また、競売の手続きの場合、裁判所の職員と不動産鑑定士が住宅の現状確認のため内覧を行うことになるのですが、このような現状確認の情報が裁判所に掲載されるため、これとは別に複数の不動産業者が住宅の様子を実際に確認しに来ることもあります(ただし、別途内覧をすることはほとんどありません)。
一方で、任意売却の場合には、売却を依頼する不動産業者しか内覧せず、他に住宅の売却手続きを行おうとしていることも知られないため、売却する人にとっての精神的負担は少ないでしょう。

4 住宅を任意売却すべきケース

では、どのようなケースで、離婚に際して任意売却をするべきでしょうか。

まずは、離婚をすることで、夫婦のいずれも住宅を必要としない場合が挙げられます。
夫婦のいずれも住むつもりがないのであれば、その住宅は負の財産にしかならないため、少しでも今後の支払いを減らすべく、早期に任意売却することをお勧めします。

次に、一人では住宅ローンの支払いを続けていくのが困難な場合です。
頑張って建てたマイホームを手放すことに強い抵抗があることはもっともなのですが、離婚により一人で住宅ローンの返済をしていくことが困難になるのであれば、競売の手続きによる売却よりも任意売却を行うことで、少しでもローン残金を減らす方が賢明な判断と言えるでしょう。

なお、ペアローンを組んでいたり、配偶者が連帯保証人になっている場合は、ケースバイケースです。
確かに、このような場合は、権利関係が複雑となっているのですが、住宅に住み続ける方の収入が高い場合には、無理に住宅を売却するのではなく、住み続ける方の単独ローンへ借り換えるという方法も考えられます。
単独ローンに借り換えた場合、そのまま住宅を残すことができることはもちろん、他方配偶者としても今後住宅ローンを支払う必要がなくなるため、互いにとって最良の選択となるでしょう。
もっとも、単独ローンに借り換えを行う場合には、金融機関の審査が通らなければなりません。
そのため、審査が通らないのであれば、やはり、任意売却をするのが現実的な選択肢となるでしょう。

5 住宅を任意売却するタイミング

このように、任意売却の有無によって、その後の居住地や返済状況といった生活状況が左右されることから、任意売却を行うタイミングとしては、基本的には、離婚前が望ましいといえます。
そして何より、離婚前であれば一緒に暮らしていたり、離婚に伴う諸々の手続きや金銭関係についての話し合いをしやすい状況にあります。
これに対し、離婚後は別々に暮らすことになる以上、必然と連絡が取りにくくなる点が大きく異なります(中にはあえて連絡を無視するようになる人もいます)。
特に、住宅から出ていく方としては、実際にはペアローンになっており支払い義務があるにもかかわらず、今後の支払いが一切免れたと勘違いして、住宅の処理に関心がない人もいるでしょう。
そして、ペアローンを組んでいたり、配偶者が連帯保証人になっている場合には、任意売却をするにしても借り換え手続きを行うにしても、基本的には双方が共同で手続きを行う必要がある以上、やはり離婚後にこれらの手続きを行うのは一筋縄ではいかないでしょう。
さらには、仮に任意売却により住宅ローンが完済され、余剰が生じた場合には、夫婦間で分配をすることになりますが、離婚をした後であれば、片方が何かと理由をつけて分配しなかったり、持ち逃げをする可能性が否定できません。

このように、確かに子どもの生活環境のことなどを踏まえ、少しでも長くマイホームに住み続けたいという意向をお持ちの方もいらっしゃるかと思いますが、離婚前に売却をする方がリスクを少なく抑えることができます(もちろん、中には、住宅の処分の方針が決まらないことから、引っ越し時期などが延々と先延ばしになって、その結果、離婚の話がなかなか進まない、というケースもあるかと思いますので、一概には言い切れません)。

6 弁護士にご相談ください

これまでの弁護士としての経験上、オーバーローン物件がある場合における離婚は、離婚の中でも特に揉めやすいものになっています。
特に、子どもにとっては実家に該当することから、何とか住宅を保持したいと考える夫婦も多いことでしょう。
そして、離婚するにあたっては、当然、オーバーローン物件の処理に関する問題だけでなく、親権・養育費やその他の財産の処理など複数の問題を同時に処理する必要があります。
しかし、当事者同士では、感情的になり話し合いにならなかったり、どれからどう処理していけばよいか分からないなど、離婚への道筋が見えない方もいらっしゃるかと思います。
何より、相手配偶者と話し合い・連絡を取ることさえストレスが溜まる方がほとんどでしょう。

このような場合には、まずは弁護士に相談し、一つ一つ問題を解決していく方法を探っていくことをお勧めいたします。

(弁護士・下山慧)

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