昨今、SNSで「妻は夫に無断で子どもを連れて黙って家を出れば、子どもの親権を取ることができる」という趣旨の弁護士の発言が話題になりました。
今回のコラムでは、「妻は夫に無断で子どもを連れて黙って家を出れば、子どもの親権を取ることができる」は本当なのか?についてご説明させていただきます。
まず、そもそも、妻が夫に無断で子どもを連れて黙って家を出ることには、問題はないのでしょうか?
この点、夫婦の別居や子どもの育児については、夫婦間で十分な協議・協力を行うことが望ましいと考えられます。
しかし、妻が夫に無断で子どもを連れて黙って家を出るという事例は、現実には数多く発生しています。
そして、妻が夫に無断で子どもを連れて黙って家を出ることの当否は、家庭裁判所の審判等でこれまでに繰り返し論点とされ、この論点について判断した裁判例も複数出されています。
これまでの裁判例からすると、妻が夫に無断で子どもを連れて黙って家を出ることは、直ちには違法であるとはされず、これが違法と言えるかどうかは、従前の子どもの監護状況、その後の子どもの監護状況、別居の際の具体的状況等の諸事情に照らして判断されるものと考えられています。
このような判断基準から、妻が主として子どもの育児を担っていた場合に、妻が夫に無断で子どもを連れて黙って家を出ることは、望ましくはないものの違法とまでは言えない、とするのが家庭裁判所のスタンスということになります。
特に、夫にDV(配偶者暴力)、モラハラ(モラルハラスメント)、児童虐待(子どもに対する暴力)がある場合には、妻が夫に無断で子どもを連れて黙って家を出ることは、なおさら正当な行為であると考えられ、違法とは判断されないでしょう。
一方で、従前はあまり子どもの面倒を見ていなかったのに急に子どもを連れて家を出ること、子どもがこの場を離れることを拒否しているのに無理矢理子どもを連れて家を出ること、配偶者の抵抗を実力で排除して泣き叫ぶ子どもを連れて家を出ることなどは、違法あるいは不適切と評価されてしまうでしょう。
次に、妻が子どもを連れて家を出れば、確実に子どもの親権を取れるということになるのでしょうか?
この点、子どもの親権が夫婦間で争いになった場合、家庭裁判所では、夫婦のどちらが親権者となることが子の福祉(子どもの利益、幸福)に適しているかという観点から判断されます。
このような観点から、①夫婦のうちで、これまでに主として子どもの育児を担ってきた方を優先させる、②子どもが複数いる場合には、兄弟姉妹をできる限り分離しないようにする、③子どもまだが幼い場合には、母親を優先させるなどの原則があります。
また、父母の事情として、養育の意欲および能力、居住・教育の環境、資産および収入の状況などが考慮され、子どもの意思、とりわけ、子どもが中学生以上であるなど、自分の意向を伝えられる年齢に達している場合には、子どもの意思も尊重されます。
なお、子どもを連れて家を出たことが上記の判断基準に照らして違法あるいは不適切と評価されるような場合には、親権者として不適格という評価に繋がってしまいますので、ご注意いただければと思います。
このような親権判断の基準からすると、妻が子どもを連れて家を出た場合であっても、確実に子どもの親権を取れるということにはなりません。
あくまでも、上記のような親権判断の基準に照らし、親権者となることが相応しいかどうかが判断されるというだけです。
ただし、我が国における現状では、妻が主として子どもの育児を担っているという家庭の方が多いように見受けられます。
そうすると、上記のような親権判断の基準に照らせば、一般論として、妻が有利と考えられるケースが多いことになり、特に子どもがまだ幼い場合には、妻が親権者として指定される可能性が高いと見込まれるケースが多いでしょう。
また、上記のように、妻が主として子どもの育児を担っていた場合に、妻が夫に無断で子どもを連れて黙って家を出ることは、違法とはされないのが家庭裁判所のスタンスであり、この点が問題とされることも少ないでしょう。
このような理屈で、妻が子どもを連れて家を出た場合には、親権において妻が有利になりがちであるという一般論が導かれることになります。
もちろん、これは、現状における家庭裁判所の親権判断の基準に照らした一般論です。
ケースによって個別に検討した結果、夫が親権者として相応しいと判断されることも、もちろんあります。
例えば、子ども育児の大半を夫が担ってきたような場合、子どもが中学生以上で夫のもとでの生活を希望している場合、妻が重篤な持病等のために養育の意欲および能力に疑問があり、妻の親族等による養育の補助も十分に期待できないような場合、児童虐待(子どもに対する暴力)がある場合などには、夫が親権者として指定される可能性が十分にあるでしょう。
また、妻が夫に無断で子どもを連れて黙って家を出たのみならず、その後、正当な理由もなく夫と子どもとの面会交流を拒否し続ければ、妻の親権者としての適格性についてマイナスの評価がされることもあります。
以上、「妻は夫に無断で子どもを連れて黙って家を出れば、子どもの親権を取ることができる」は本当なのか?についてご説明させていただきました。
なお、昨今、SNSでは、DV(配偶者暴力)のでっち上げに関する弁護士の発言についても、大きな話題となりました。
近年では、DV冤罪・偽装DV・でっち上げDVと呼ばれる悪質な事例も、残念ながら存在します。
次回のコラムでは、DV冤罪・偽装DV・でっち上げDVの問題について、ご説明させていただきたいと思います。
(弁護士・木村哲也)