別居中の夫婦の一方が、婚姻費用の未払い分の支払いを家庭裁判所に申し立て、その審理中に離婚が成立した場合に、婚姻費用の支払請求権が消滅するかどうかが争われた裁判で、最高裁判所は、「婚姻費用分担審判の申立て後に当事者が離婚したとしても、これにより婚姻費用分担請求権が消滅するものとはいえない」という判断を示しました(最高裁判所令和2年1月23日決定)。
婚姻費用について、民法760条は、「夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する。」と定めています。
この婚姻費用とは、夫婦と未成年の子の共同生活のために必要とされる費用のことをいい、生活費をイメージしてもらえればわかりやすいかと思います。
婚姻費用は、相手方に対して、請求の意思を明確に表示したときから支払義務が発生すると考えられています。
請求の意思を明確に表示したときから家庭裁判所に婚姻費用分担の調停・審判を申し立てるまでの間の過去の分の婚姻費用については、最高裁判所は、「家庭裁判所が婚姻費用の分担額を決定するに当り、過去に遡って、その額を形成決定することが許されない理由はな」いとして(最高裁判所昭和40年6月30日決定)、過去の分の婚姻費用についても請求は認められると判断していました。
例えば、別居してすぐに婚姻費用を請求する手紙を送ったものの、半年くらい支払いがない状態が続いたため、その未払い分も含めて婚姻費用分担の調停・審判を申し立てた場合、手紙を送ったときから調停・審判を申し立てるまでの間の過去の分の婚姻費用も、請求が認められることとなります。
もっとも、この昭和40年決定の裁判では、婚姻費用分担審判を申し立てた後に、離婚が成立し、婚姻関係が終了した後であっても、過去の婚姻費用の分担を求めることができるか、という点についての判断は示されていませんでした。
そのため、今回の裁判において、この点について婚姻費用の分担を求めることができるかが問題となりました。
今回の事案において、高等裁判所では、婚姻費用の分担を求める権利は婚姻の存続が前提であると考え、婚姻費用分担の審判を申し立てていたとしても、離婚によりこの請求権は消滅すると判断されました。
これに対して、最高裁判所は、高等裁判所と同じ考え方は採用しませんでした。
具体的には、先ほど述べた昭和40年の最高裁判所の判断を参照しつつ、家庭裁判所は、過去に遡って婚姻費用の分担額を決めることができるので、離婚の時までの過去の婚姻費用も決めることができると判断した上で、婚姻費用分担審判の申し立て後に当事者が離婚したとしても、離婚によって婚姻費用分担の請求をする権利は消滅しないことを明らかにしました。
ちなみに、今回の最高裁判所の判断は、離婚の際に、婚姻費用分担の調停などの裁判所の手続を利用していない場合でも、離婚後に過去に遡って婚姻費用の分担請求をすることができるか、という点についてまでは判断していません。
そのため、婚姻費用を受け取っていない状況で離婚を考えるにあたっては、離婚成立前に家庭裁判所に婚姻費用分担の調停・審判を申し立てておくのがよいでしょう。
あるいは、離婚調停の手続において、財産分与の金額を決めるにあたっては過去の未払いの婚姻費用についても考慮した金額にしてほしいということを主張しておくことも考えられます。
婚姻費用を受け取っていない状況で離婚をお考えの方は、一度、弁護士に相談されることをお勧めします。
(弁護士・畠山賢次)