悪意の遺棄とは、正当な理由なく、夫婦の同居義務、協力義務、扶助義務、生活費の分担義務を果たさないことを言います。
夫婦の同居義務、協力義務、扶助義務、生活費の分担義務は、民法上、次のように定められています。
【民法752条】
夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。
【民法760条】
夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する。
悪意の遺棄は、民法770条1項2号により、法律上の離婚原因となります。
また、悪意の遺棄は、慰謝料の発生原因となります。
ただし、悪意の遺棄は、単なる一方的な別居では足りず、そのような行為が夫婦関係を積極的に破たんさせる意思のもとに、一定期間継続して行われたことが必要であると考えられています。
そして、悪意の遺棄に該当するかどうかは、そのような状況に至った経緯、生活費の負担状況、配偶者への影響、夫婦の関係性、夫婦の経済力、別居後の生活状況、子どもの有無など、様々な事情を総合的に考慮して判断されます。
悪意の遺棄は、悪意の遺棄を主張する側が証拠により立証する必要があります。
悪意の遺棄の立証のハードルは高く、否定されることも多いのが実情です。
【悪意の遺棄の証拠の例】
□一方的に別居したことがわかるメール・LINEのやり取り、録音など。
□配偶者が離婚を希望していることがわかるメール・LINEのやり取り、録音など。
□別居後に生活費の振り込みがないことがわかる通帳。
□悪意の遺棄の状況がわかる日記、家計簿など。
□別居の原因が配偶者の不倫・浮気であれば、不倫・浮気相手との肉体関係がわかるメール・LINE、写真、動画、録音など。
以下では、悪意の遺棄が認められた裁判例、悪意の遺棄が認められなかった裁判例をご紹介させていただきます。
1 悪意の遺棄が認められた裁判例
【東京地方裁判所平成28年3月31日判決】
妻が関係修復を希望しているにもかかわらず、夫が不貞相手との交際を主たる目的として一方的に別居に踏み切り、その後も生活費の負担などの夫婦間の協力義務を果たさなかった事例。
悪意の遺棄による慰謝料として50万円が認容された。
これに加え、不貞行為による慰謝料100万円と肉体的精神的暴力行為による慰謝料30万円が認められ、慰謝料の合計額は180万円であった。
【浦和地方裁判所昭和60年11月29日判決】
夫が、半身不随の身体障害者で日常生活もままならない妻を自宅に置き去りにし、正当な理由なく長期間別居を続け、その間妻に生活費をまったく送金しなかった事例。
悪意の遺棄による離婚が認容された。
2 悪意の遺棄が認められなかった裁判例
【大阪地方裁判所昭和43年6月27日判決】
夫が、たとえ仕事のためとはいえ、余りに多い出張、外泊など家族を顧みない行動により、妻に対する夫としての同居協力扶助の義務を十分に尽さなかった事例。
悪意の遺棄に該当するとするにはやや足りないとしながら、「婚姻を継続し難い重大な事由」(民法770条1項5号)があるとして、離婚が認容された。